大名と岡っ引き 7 御家役者の威徳
(承前 右赤丸が威徳家、左が斎藤与右衛門宅)
この時代の大名が「家」という場合、それは単に蜂須賀家(当主個人)そのものではなく「阿波藩の全て」つまりは「藩」自体を意味していたと考えられるのですが、藩士たち全体に能楽を教えるのではなく、藩主個人のための指南役といった役割を与えられていた御役者だったのかも知れません。
分限帳によれば…
昭和23年生まれの男性が、偏った感性で選ぶ歴史上の人物や出来事について、極めて不定期に語ります。
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