武鑑と能役者 4 斎藤家の懐具合は?
(承前 家元は高給取りでした)
八丁堀在住の奉行所同心が、自らの拝領地内に建てた表長屋の、二階建て延べ床面積八坪[16畳]の貸家になると一カ月の家賃が1,800文でした。また、1820年当時、日本橋の道路側に面した表地代は15坪で月一両でしたから、その半額としても八丁堀で30坪程度の表地を借りるだけで月に一両の地代が掛かったことで…
昭和23年生まれの男性が、偏った感性で選ぶ歴史上の人物や出来事について、極めて不定期に語ります。
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