"天津彦根命"の記事一覧

天津彦根命 1 大国主のモデル?

(「諸系譜」などを参考にした古代氏族の関係略図)  サノたち兄弟の一行が古里に残る家族や地域の顔なじみたちとの別れの宴を終え、決して二度とは故郷の土を踏まない覚悟で生家を後にしたのはいつの頃だったのだろう? 日本書紀は神武天皇が九州の故地を出立したのは「数え年四十五」の時だったと記録しているが、彼は大王として「七十六年」もの間君臨して…

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カモと天孫族 下 息長と和邇

(承前)  大王は王子の出雲詣りを即決、占いによって吉と出た曙立王と菟上王の二人を介添え人として都を出立しました。仮宮を建て大御食を出雲国造の祖・岐比佐都美が献上しようとした時、突然、王子が『此の川下にある青葉の山のようなものは、若しかして出雲の石くまの曽宮に鎮座する葦原色許男大神を斎祀る祝の大庭か?』と問いかけ、お供の曙立王たちも大…

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カモと天孫族 上 出雲と銅の文化

 「かも」と名の付く地方自治体の数は加茂市、美濃加茂市など幾つかに限られていますが、町や郡或いは地区の名、更には「字(あざな)」を含めれば可也の数になると思われます。全国的にみて最も良く知られた「かも」と言えば、京都に鎮座している上下の社であることは論を俟ちませんが、考古学の分野で著名なのは島根県の加茂岩倉遺跡だと言って良いでしょう…

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