仲麻呂たち 8 玄昉を怪異が襲う
(承前 国立公文書館が収蔵している『続日本紀』)
左遷から半年、天平十八年六月十八日、大宰府観音寺に出向き、導師として供養を行っていた玄昉を怪異が襲います。
その後、弘継悪霊となりて、且は、公を恨み奉り、
且は玄昉が怨を報ぜんとするに、
彼の玄昉の前に悪霊現じたり。赤き衣を着て冠したる者来て、
俄かに玄昉を攫み取りて空に昇りぬ。
悪霊その身を散々に攫み破りて落としければ、
その弟子ども有りて、拾い集めて葬したりけり。
悪霊となった藤原広継(五位の者は赤の衣服を着用する、弘継は従五位下)が突如現れ、玄昉の身体を空高くつかみ上げ、バラバラにして放り投げた、と言うのですから、実に凄まじい「怨念」が感じられます。
同様の「お話」は十二世紀初頭に記された『東大寺要録』(とうだいじようろく、1106)にもあり、要録では玄昉の最期を『忽然として空に登ること数丈、地に落ちて既に死せり。更に血と骨無し』と表現、さらに洞院公定の『尊卑文脈』(そんぴぶんみゃく、1400年頃)でも『空に声がして、玄昉が突然消えうせた』と伝えています。
実際に何が彼の身に起こったのか、その劇的な一場面をここで再現することは出来ませんが、これらの言い伝えは全て「弘継が悪霊となり」「玄昉が突然、死去し」「玄昉の影響力が完全に排除された」ことを証明しています。そして、世間の人は、広継が「悪霊に成り得る程の怨みを抱きつつ」死ななければならなかった、という実情も察知していたのです。
(続く)
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