鰕蔵異聞 16 「かめ」と「るや」

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承前 安永六年に刊行された『当世役者穿鑿論』)

安永六年(1777)一冊の評判記が刊行されたのですが、著者は「劇場大通庵」の
匿名で、何人かの歌舞伎事情通が「内輪話」を繰り広げるという設定の内容、
その冒頭に取り上げられているのが人気役者の五代目市川団十郎でした。
しかも、文頭にあった文言は、

  何故、団十郎の妻である「おかめ」は木場で別居しているのか

という些か穏当さを欠いた書き出しになったおり、その発言を受けた別人が、

  そうそう気になっていたのは、その事なのだ。
  おかめという女性は、とても発明(聡明)な人だ。
  三升は常々『女房が賢いと、気が疲れて良い事はない』
  などと言っていた(意訳)

など、見て来たような口ぶりで夫婦仲の「悪さ」は今に始まった事ではなく
随分と以前から「良くなかった」のだと断定しています。
二人の間に産まれた一人息子の桃太郎が、評判記が出される直前の
安永五年十月に亡くなっていた事を知っている者にとって「別居」に
「なるべくして」なったのだと言いたいようですが、誰も五代目や
「おかめ」さんに心の内を聞いたわけではありません。

幾つもの資料に散見されるような「陰謀」が本当に画策されていたのかも
今となっては確かめようが無いのですが、一部に見られる二人の「離縁」は
無かったようです。今、市川団十郎家が公式ホームページ『成田屋』を
運営していますが、そこに掲載されている家系図には、

  五代目団十郎 妻 かめ  後妻 るや

と明記されており「るや」が後添えになった事実を知ることが出来ます。

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  (続く)


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