虫の話 2 腹の虫たち

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承前
道教の「三尸説」に従えば、人の身体には上中下三匹の虫が生まれつき
棲みついていて、年に五六回巡ってくる庚申の日に、人々が眠っていると
勝手に抜け出して天帝に宿主の悪業を告げ口し、人の寿命をも縮めてしまう、
そんな風に信じられていた訳ですが、時代が下り、桃山時代頃になると、
人の身体に巣食う虫たちの数は、何故か飛躍的に増え、二桁どころか、
数十匹もの虫が体内を徘徊していると考えられるようになったのです。

上に貼り付けた少々気味の悪い虫の絵は、十六世紀末、
織田信長が天下統一を目指して京都に上った頃に認められた、
針聞書』という書物から転載したもので、摂津国の住人で、
茨木二介元行という人が著したとされていますが、この人物が誰に
学問を習い、どこの武将あるいは公家等に仕えたのかは一切不明です。
彼の知識によれば、人体に棲む「虫」は、なんと「六十三疋」にも及び、
三尸説では無名だった「告げ口」をする虫には「蟯虫」という名前が与えられ、
庚申の夜、宿主の行いを報告する相手も閻魔大王に特定されています。
恐らく、その背景には仏教的な教えや、人体の解剖知識などが加わり、
より複雑で「それらしい」考え方が歳月を掛けて生み出されたのでしょう。
前回は「虫のいい」話をしましたが、近世に入ると、

  虫の居所が良くない  虫の好かない奴  腹の虫が収まらない

などといった表現が見られるようになることから、
宿主の感情をも左右する、言葉を変えれば、その人と一体化した「虫」が
私たちの体内に生息するかのように考えられる様になった訳です。

(続く)

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