田舎の転校生 68 神楽舞う

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承前

 近くで祭りがあったのか、何処かの家で建て前(棟上げ)でもあったのか、母の実家に神楽の一行がふらりやって来た。先触れは、かなりの年配、垣根のぐるりから家の造りと庭木、庭石の大きさと数、灯篭そして物干しの洗濯物などを一瞥、瞬時の値踏み、なのだろう。

 家人の気配を目の端に捉えたとたん、中腰に構え、作り笑いの表情よろしく切口上を述べ始めた。

 何やら『目出たい、目出たい』『繁盛、繁盛』と繰り返し語っているのは、言葉の端端に聞きとれるのだが、出来損いの祝詞めいた独特の抑揚とリズムだけが耳底に残り、一つ一つの言葉は無意味な音の連鎖となって耳をすり抜ける、奇妙な語り口。

 それまで、一度も聞いたことの無いはずの口上に、身体のどこか奥深い部分に眠っていた何かが微妙に反応し、懐かしさめいた気持ちすら湧いていた。

 獅子頭を小脇に抱きかかえ、生け垣の先から、すっくと現れた偉丈夫。年の頃は四十そこそこ、細身に見えるのだが弱さを微塵も感じさせない筋肉質。満面の笑みで、一時も油断はしない鋭い瞳の光を包み隠してはいるのだが、十分成功しているとは言い難い。

 笛と太鼓が一人ずつ、囃す内に獅子が高く低く右左と器用に舞い、踊る。家人、隣人合わせて十人ばかり見守る中で、獅子は一気に舞い終わり、頭と目される男は庭の中央に立ち、見物人の一人一人を品定めでもする様に、首をめぐらせ、緩やかな調子で口上を述べはじめた。

 かすかな訛はこの地方独特のものではなく、かと言って聞き慣れた関西訛とも微妙に異なっていた。

(続く)


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