歌舞伎の元祖・出雲阿国 2 男装の麗人

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承前

 上の画像は桃山時代、17世紀の作だとされ、阿国が『茶屋遊び』を演じている様子を描いたもので、若しかすると実際に彼女の舞台を見た人が描き残してくれた貴重な記録かも知れません。この部分図では良くわかりませんが、阿国「歌舞伎」とは言っても後の歌舞伎とは違い、お囃子・三味線などの伴奏はなく、ただ笛・太鼓に合わせて阿国が踊るだけの演出でした。

 しかし、彼女の面白いところは、ただ単に踊りを披露したのではなく、この画像でもはっきり解るとおり『武家』の扮装、つまり女のお国が男装をして、茶屋の女と戯れる様子を「演じ」て見せたのです。これが、当時の都人から「傾く」(かぶく=常識離れしている。突拍子もない)女として大好評を得、この「かぶく・かぶき」から歌舞伎の名称もうまれた、とされているのです。

 ところで、この阿国さん、出雲は大社の生まれ。十六世紀後半、縁結びの神様・出雲大社の鎮座する中村という土地に住む鍛冶屋さん、三右衛門の娘として産声をあげたと伝えられていますが、例によって生年没年ともに確かではありません。
 また、生まれ故郷についても京都出身とするものや奈良ではないかと推理するものまで様々なのですが、歴史的資料として一応の評価が定まっている、当時のお公家さん・西洞院時慶(にしのとういん・ときよし)の日記、『時慶卿記』慶長五年(1600)七月一日の条には、

  近衛殿のお屋敷で、晩まで出雲のややこ踊りがあった。一人はクニという踊り子だった。

との記述が残され、少なくとも、この頃までに「クニの生国は出雲」という風評が出来上がっていたものと思われます。(或いは、一座の誰かがそのように喧伝していたのかも知れません)また、これより以前の記録としては、

  1582年、奈良の春日大社で幼い子供二人がややこ踊りを踊った

という記述が『多聞院日記』(奈良興福寺・多聞院の院主だった多聞院英俊[1528~1596?]など複数の著述による桃山時代の長期資料、全46冊)に残されており、他の資料などを総合して推理すると「阿国たち十人ほどの旅芸人一座」は「出雲大社の本殿修理費を勧進するため(寄付金を集めるため)」という名目で諸国を歩き回り、1600年頃には京都にのぼって院の御所や宮中などでも踊りを披露していたと考えられるようです。

 ただ、どの記述を見てもクニたちの踊りは「ややこ踊り」(幼い子供の踊り)と紹介されていますから、少し後、都で爆発的な人気を博した「かぶき踊り」とは別様のものだったに違いありません。(これとは別の資料では『多聞院日記』には、奈良の春日大社・若宮拝殿で「法楽」と称して踊りを演じていた女芸人は「加賀の国出身」の二人、だと記されているとあります。どちらの資料が正しい内容を伝えているのか、現物資料を見ていませんので?判断保留としておきます)

 それから僅か3年後の慶長八年五月初旬、京都の四条河原に小屋をかけた出雲阿国は、上の画像でみた様な男装をして颯爽と舞台に現れ、女装させた男を相手に「かぶき踊り」を派手に演じ、大向こうをうならせ、大衆の心を虜にしたのです。ほぼ同じ頃、阿国一座は女院の御所へも伺候したらしく、舟橋秀賢(ふなはし・ひでたか、1575~1614)という武家の日記にも『女院において、かぶきをどりこれあり、出雲の国の人』との記述が残されています。

 この鮮やかな変身振りについて、絶世の美男子で槍の名人して都でも有名であった名古屋山三郎(なごや・さんざぶろう、1572?~1603)が阿国の踊りを演出し、競演した、との俗説が根強くありますが、一度浪人していた彼は慶長五年(1600)妹の縁から美濃国の森忠政の家臣となった後、奇しくも阿国がかぶき踊りを始めた1カ月余り前の慶長八年四月、築城工事の方法をめぐり、かねてから犬猿の仲であった同僚の井戸宇右衛門と私闘に及び、相討ちとなって死去していますから、二人が揃って四条河原で舞い踊る風景は幻想に過ぎません。

 ただ、出雲の阿国が、あえて「男の姿」に変身し、自らが名古屋山三郎になったつもりで演技をした、という想像には捨てがたいものがあります…。

 出雲の阿国が本当に出雲の人であったのか、巫女さんであったのか、それは分かりません。冒頭でも述べましたが、踊り・舞というものが本来「神に捧げる」ものであったとするなら、阿国は、その舞踊りを「庶民を楽しませる芸能」に昇華させ、自らも劇中の創作人物に変身し、役柄を演ずることによって何事かを表現しようとした日本一の傾き者だった、と言えるでしょう。

 そこで浮ぶ素朴な疑問は、1582年に春日神社で目撃された人物は、1603年に「かぶき」を踊った阿国の若き日の姿だったのか、二人は同一人物なのか?1600年にも阿国は「ややこ踊り」を踊っていたらしいが、三十歳にもなった大の大人の踊りを果して「ややこ」踊りと言うものなのか?という事です。調べてみる価値はありそうです。

(終わり)

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